緑になれなかった春の色
※この記事は『死亡遊戯で飯を食う。』第10〜11話の感想です。ネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意ください。
なお、この記事にある画像の著作権はすべて、©鵜飼有志・ねこめたる/KADOKAWA/「死亡遊戯で飯を食う。」製作委員会に帰属します。
45秒の「チャイム」
午後五時。夕焼けチャイムが鳴った。
少女は拠点の中に立っていた。微動だにしなかった。
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まるまる45秒間、画面は静止していた。ただ悠然と夕焼けチャイムだけが響いていた。
彼女にはわかっていた。自分はここを出なければならない。おそらく二度と戻れない場所から、踏み出さなければならないのだ。
拠点を出た萌黄は、迷宮の中を恐る恐ると進んでいった。怖くて怖くてたまらないあの女の子が、いつ命を落としてもおかしくない場所で、精一杯強がって、一歩、また一歩と足を踏み出していった。
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異様な雁の群れ。どこもかしこも違和感だらけの迷路。彼女は全身の感覚を限界まで研ぎ澄ませ、不規則な呼吸を喉の奥で押し殺し、何かを踏み砕いてしまうのを恐れるように、足音を限りなく消そうとしていた。
彼女は知らなかった。拠点を出た最初の一歩から、彼女の歩みはすべて幽鬼に把握されていることを。
水槽の中の魚が、大海を泳ぎ切ろうともがいていたように。
126秒の「もがき」
首を掴まれた。爪先立ちで必死に空気をかき込んだが、声すら出なかった。
どうにか振り解いた萌黄は、この時初めて、自分が対峙しているものの途方もなさを思い知った。
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震える声が、彼女の揺らぎを物語っていた。生きる本能だけではもう立ち上がれなかった。本能よりもっと深いところから——自分の人生のすべてを掘り返して、前に進む理由をひとつ、見つけ出さなければならなかった。
太陽を目指して飛び続けたのに、永遠に届かなかったよだかの、あの物語。
暗闇の中であふれ出した、自分自身の泣き声。
そこに重なる、伽羅の澄んだ深呼吸の声——
彼女が最後にたどり着いたのは、歪で、不思議な光沢を放っている、ひとつのかけらだった。
冷たい廃墟の中、果てしない暗闇の中、土を掘り返し続けてようやく見つけた、この世界でたったひとつの、彼女だけに許されたあの温もり。
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萌黄はそのかけらを抱きしめて、「愛」と名付けた。
それは今この瞬間、たったひとつの、彼女の生きる理由だった。
伽羅の温もり。よだかの物語。一度もまともに愛されたことのない女の子が、ただ受け入れてほしいと願い続けた、そのすべて。
彼女は126秒かけて、それらを廃墟の底から掘り起こし、粉々に砕けた自分を繋ぎ合わせた。
けれどそこに組み上がったものは、彼女の勝てる理由にすらならなかった。
よだかがあの星に届かなくても、私は…私はもがき続ける…
こんなところで負けてたまるか…私は、伽羅さんの弟子なんだ!
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最後にたどり着いたのは、ただ——「負けるとしても、萌黄はもがき続ける」、それだけだった。
萌黄には、それしかなかったからだ。
理由にもならない理由で、彼女はもう一度命を賭けられた。
歯を食いしばって、彼女はもう一度、たったひとりの戦場に踏み出したのだ。
10秒の「おわり」
けど、その一歩すら、踏み出せなかった。
発煙弾が、もう飛んできていた。
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萌黄は一瞬で判断を下した——自分も投げるべきだ。
手が腰に伸びた。
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——ない。
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どこにもなかった。いつ抜き取られたのかすらわからなかった。
萌黄はまだ勝負の途中にいると思っていた。けれどその勝負は、とっくに終わっていた。
それでも萌黄は止まらなかった。なぜ、も、どうして、も、怖い、も——全部振り切って、歯を食いしばり、一瞬で銃口を突き出した——
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三発の弾丸が、2秒で彼女を撃ち抜いた。
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彼女の正しい判断は、意味をなさなかった。
彼女の意志も、意味をなさなかった。
彼女の勇気すら、意味をなさなかった。
126秒かけて人生のすべてを掘り返して繋ぎ合わせた勇気は、最初から存在しない前提の上に立っていた。
廃墟から掘り出したすべて——伽羅の温もり、よだかの執念、一度もまともに愛されたことのない少女がこの世界に抱いた、すべての悔しささえ——
何ひとつ、意味をなさなかった。
「生涯最後の時に…生涯最後の時まで」
痛烈に、萌黄の神経が焼かれた。萌黄の体は、もはや彼女のものではなかった。
それはもう強者の演技はしなくてもいいということだった
彼女の視線が追っていたのは、星へと飛んでいく「よだか」の姿だった。
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ずっと伽羅から何度も何度も聞かされてきた、あの物語。
生きる理由を失った時に見つけた、一生でたったひとつの夢。
もう少しで、彼女はその夢に自分を委ねるところだった。
とりあえず私、萌黄は、生涯最後のときに——
でもその言葉は、最後まで紡がれなかった。
萌黄の体の奥で、まだ何かが灯っていた。
微かで、頑なで、風の中でどうしても吹き消せない、最後のひとかけらの火だった。
その火が、萌黄に歯を食いしばらせた。
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その火が、萌黄に涙を流させた。
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その火が、もう何も握れるはずのない萌黄の手に、自分の血が固まった塊を掴ませて、微かな音を立てさせた。
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生涯…最後の…ときまで、悔しくて泣いていたっ!
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その火のせいで、萌黄の遺言すら、一生をかけて夢見たあの言葉にもならなかった。
「萌黄がうらやましかった」
カメラが、一枚の落ち葉を映した。
最後の力で枝にしがみついていたそれは、ついに重力に抗えなくなり、枝先から離れ、ゆらゆらと空中を舞い落ちていった。
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自然に落ちたのだ。
四発目の銃声はなかった。引き金にかかった手が、狂ったように震えているのが見えた。幽鬼の手だった。
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幽鬼がそこにどれだけ立っていたのか。
数十秒か。数分か。
四発目の引き金にかかった指から、軋むような音が八回聞こえた。
幽鬼は、最後までそれを引き絞らなかった。
八度とゲームを戦い抜いたプレイヤー。白士の弟子。その彼女が今——到底敵ではない、才能もない、一発で終わらせられる瀕死の少女を前にして、
動けなくなっていた。
幽鬼はただ見ていた。あの切り株の命が少しずつ尽きていくのを。
歯を食いしばる力がなくなり、
涙を流す力がなくなり、
血を掴んでいた手も止まり——
目の前の切り株が動かなくなるまで、背を向けて、幽鬼はそこに立っていた。
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そして、すべてが終わった後、幻の空間で、萌黄が明りを持ち、幽鬼の隣に立っていた。
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そして幽鬼が、地面に膝をついて泣いていた。
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私は、萌黄がうらやましかった
萌黄にとって、それは人生初めて、誰かが名前を呼び、「うらやましい」と、そう言ってくれた瞬間だった。
何ひとつ勝ち取れなかった。
仲間を守れなかった。この戦いに勝てなかった。誰かに報いることも、何かに貢献することも、なりたかった自分になることも——何ひとつできなかった。
「死亡遊戯に向いていない」、何にも手が届かない敗者のままだった。
萌黄にとって、うらやましがられるものなんて、どこにもなかったはずだ。
幽鬼が言った通り、世界が百回やり直されても、萌黄はここで倒れる。
でも萌黄の死に様は、幽鬼の心に、伽羅の心に、そして彼女が永遠に知ることのない誰かの心に、消えることのない、どうしようもなくうらやましい色を残した。
萌黄
萌黄。まだ完全には緑になりきれていない、芽吹いたばかりのような黄色。
カラーチャートでこの色を見つけたとき、きっとこう思うだろう——春が始まったばかりで、まだ何もかもこれからだと。
でも彼女には、もう何も間に合わなかった。
まだ十五歳だった。
天才なんかじゃなかった。幽鬼のような実力も、伽羅のような手腕も、死亡遊戯に必要な素質すら持っていなかった。
ただ、しゃがみ込んで相手に語りかけるような女の子だった。
手が震えていても、強がって銃を構える女の子だった。
怖くて怖くてたまらなくても、前に踏み出す女の子だった。
彼女がいたから、金木犀のいい匂いがした。背中にじんわりと、温かい熱を感じた人がいた。
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彼女がいたから、生涯でたった一粒の涙を流した人がいた。
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いくつもの、違う場所で。彼女がいたから、花が咲いた。
でも彼女は、もう知ることができないのだ。
あの春の色は、緑になりきれないまま、永遠にそこで止まった。
すべての花は、彼女の目が届かない遠くで咲いている。
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